佐藤博と私
千葉県の安川様から頂いた文書を紹介いたします。
1995年5月、私は結構な単位を残したままなんとか大学の4年に進み、新卒の就職活動のさなかにおりました。
その直前までプロを目指すバンドに籍を置いたものの、プロを目指す事の大変さに消耗したことと自分の才能の無さを痛感し、3月の渋谷でのステージを最後にバンドを離れたのでした。
目まぐるしい日々の中、たまたまミュージック・マガジン1995年6月号を手にしました。
そこには佐藤博の最新作、東芝EMI移籍第一弾のカラー広告が掲載されておりました。
アルバム『ALL OF ME』の発売とアルファレコード時代のアルバム再発が記されておりました。
その広告を受けて私は初めて佐藤博のアルバム『ALL OF ME』をリアルタイムで入手しました。
その当時の私にとって、佐藤博を知ったのは1988年の丸大ハムの広告と当時放送されたテレビ東京でのライブであり、その後1992年にたまたま入手した『SOUND OF SCIENCE』と『AQUA』のアーティストであり、正直、当時はさほど熱量を注いでおりませんでした。
日本のすぐれたシンガーソングライターのひとりであり、いわば佐藤博「も」聴くという程度でした。
入手してからは電車や車での移動中に結構な頻度で聴いておりました。
それこそスルメを嚙み締めるように聴いておりました。
ある日自宅への電車での帰路の中、アルバム4曲目の『HEART TO YOU』を聴いていた時です。
曲は間奏を終え、終盤へ向かっていました。
終盤はこのように派手に盛り上げていくべきだと私は頭の中でリズムを刻んでおりました。
しかし曲のリズムプログラミングは盛り上がることなく淡々と展開されていきました。
正直、肩透かしを食らいました。
素晴らしかったのと同時に、鳥肌が立つ思いでした。
なんてすばらしいリズムプログラミングなのだろう!
佐藤博のリズムプログラミングは、どんなドラマーでもそれを上回るリズムは作れないだろう。この領域にたどり着くのは生身のドラマーでは絶対に無理だと痛感させられました。
今までグルーヴ(リズム)を作るのは人間が叩くドラムだと思って生きてきましたが、それを自身のプログラミングを持って全否定してくる佐藤博のプログラミングの凄さを知りました(後年私は佐藤博のグルーヴ論を知ることになります。
※注釈1参照
この瞬間、私にとって佐藤博の音楽こそ絶対になりました。
そして自分がドラムで食べていく道を断って正解だったと痛感しました。
それ以来、私にとって音楽を聴くことは、その瞬間を上回るものはあるかを確認することとなりました。
私はライブに足を運ぶことはあまり無いこともありますが、佐藤博という才能が輝くのはレコーディングであり、佐藤博はレコーディングアーティストだと思っております。
そんなこともあってライブ会場に足を運ぶことはありませんでした。
それから十数年が経過した2007年の1月、ネット上に佐藤博のWikipediaが存在しないことを嘆くように、佐藤博Wikipediaのページ起こしを思い立った私は佐藤博公式ページのContact UsページにWikipedia作成の伺いメッセージを送信しました。
有難いことにスタッフの方より快諾を頂き早速ちまちまと作成し始めました。
その際に私のメールアドレスを記したのですが、運命とは面白いもので、数日後、私のメールアドレスにご本人から「~♪久しぶり♪~」という間違いメールが届きました。以来メールをやり取りできるようになりました。
佐藤博の2007年とは、ドリームズ・カム・トゥルーのツアーDWL2007年の音楽監督就任、秋は青山テルマさんの楽曲「そばにいるね」の制作と活躍が目まぐるしい一年であり、その直前にある程度Wikipediaが形になったのは幸いでした。
5年間のメールのやり取りを経て、2012年6月Marié Digbyさんのライブで念願かなって終演後にご挨拶をさせて頂きました。その際念願かなってアルバム『ALL OF ME』にサインを頂きました。
2012年10月に御大は急逝されますが、以降ご実家(圓徳寺)の淳様はじめ皆様とご縁ができました。
私は御大との出会いを通して学んだことは、たとえ今は憧れの対象と接点(交流)がなくとも、思いや熱量を持ってしかるべき道筋に導かれたならば必ずいつか出会えるという事です。
今後ともよろしくお願いいたします。
令和 6年 1月 11日
安川 大介



※注釈1
佐藤はリズムマシンを駆使した音楽を追求しているうちに、自分が魅力を感じるリズム(グルーヴ)はタイトなリズムであると再確認している。
佐藤はこう語っている。
「キックが心地良いリズムになっている人がいいドラマーなんですよ。手でフレージングできるのは二の次で、キックがいかに安定して心地良いか。それがいいドラマーの絶対条件なんです」。
「結局ね、野球でもピッチャー/バッターの『軸がぶれる』って言うじゃないですか。あれと一緒で、リズムの軸は絶対ぶれちゃいけないと思う。
バンドの時も同じタイムを共有して、その中でしなやかに揺れる分にはいいんだけど、個々のリズムの軸がぶれるのは話にならない。
そこが細野君(細野晴臣さん)とミッチ(林立夫さん)って、センスはもちろんなんだけどものすごく安定してるし、キックとベースのタイミングが絶妙なんです。
だから簡単なフレーズやっても決まるんだ。キックのアタックにベースの余韻が響いているような聞こえ方が一番心地いいと思うのね。それは打ち込みをやってより分かったことなんだけど、ほとんどの日本人ドラマーの良くないところが、上半身の練習はしっかりしていても下半身の練習をあんまりしてないから、結局その上半身に対して下半身が付いてきてるような演奏になってる。
タイミングでいえば、ハットがあってキックがあとに付いてきてる。そうすると聞こえ方としてはうるさいだけになっちゃう」。
Player 2005年11月号 「佐藤博 × 林立夫対談」㈱プレイヤー・コーポレーション発行より